コラム
マリオ・ベリーニのラックがやってきました!
先日ハードオフ オーディオサロン吉祥寺に伺った際に見かけたマリオ・ベリーニがデザインしたヤマハのラック。つい衝動買いしてしまいました。 といってもいま事務所は荷物とラックでぱんぱんですのですぐには引き取れません。片付けてから引き取りに来るので、取り置いてください、とお願いしました。 しかしここからが大変でした。 なにしろ、こんな状態なのです(ちょっと前の写真ですが)。 まず、いまあるラックを空にして、右の壁にあるスチールラックをばらして移動。両脇にあったパイプラックもばらして… ラックをお呼びするのにも大騒ぎです。場所を作るのに2週間(年末年始を挟みましたので)かかりました。 スペースを作ってから、本誌でお馴染みのN氏を召喚。いよいよオーディオサロンにラックを引き取りに行きます。 このラックじつは上下で2分割できます。すでにオーディオサロン店長の高野さんが分割しておいてくださって、普通のワゴン車でも運べるサイズにしてありました。 さて、無事ラックを運び込みましたが、これまで使っていた機器は全部は入りません。厳選に厳選を重ね、詰め込んでいきます。 ラックは天板、側板、メインの棚板には直径4センチ程度の穴が、並んで開けられています。 デザイン性、放熱性を兼ね備えていて、しかもコンセントやコードも通せます。 引き出しの奥には10センチ程度のすきまがあって、天板も奥行が短め。その部分(下の図の赤丸部分)に電源タップを隠せます。 さすがに使いやすい工夫がいくつもあります。 ちなみにこのラックはBLC-102T。発売当時3万9000円でした。 とりあえず普段使う機器(なんとなく軽めのものにしました)を入れたのがこの図。 あとはぼちぼち片付けたり、機器を入れ替えたりしていくことになるかと。レコード棚に書類が入っているのもちょっと嫌ですね(笑) 落ち着いたらまた報告しますね。
マリオ・ベリーニのラックがやってきました!
先日ハードオフ オーディオサロン吉祥寺に伺った際に見かけたマリオ・ベリーニがデザインしたヤマハのラック。つい衝動買いしてしまいました。 といってもいま事務所は荷物とラックでぱんぱんですのですぐには引き取れません。片付けてから引き取りに来るので、取り置いてください、とお願いしました。 しかしここからが大変でした。 なにしろ、こんな状態なのです(ちょっと前の写真ですが)。 まず、いまあるラックを空にして、右の壁にあるスチールラックをばらして移動。両脇にあったパイプラックもばらして… ラックをお呼びするのにも大騒ぎです。場所を作るのに2週間(年末年始を挟みましたので)かかりました。 スペースを作ってから、本誌でお馴染みのN氏を召喚。いよいよオーディオサロンにラックを引き取りに行きます。 このラックじつは上下で2分割できます。すでにオーディオサロン店長の高野さんが分割しておいてくださって、普通のワゴン車でも運べるサイズにしてありました。 さて、無事ラックを運び込みましたが、これまで使っていた機器は全部は入りません。厳選に厳選を重ね、詰め込んでいきます。 ラックは天板、側板、メインの棚板には直径4センチ程度の穴が、並んで開けられています。 デザイン性、放熱性を兼ね備えていて、しかもコンセントやコードも通せます。 引き出しの奥には10センチ程度のすきまがあって、天板も奥行が短め。その部分(下の図の赤丸部分)に電源タップを隠せます。 さすがに使いやすい工夫がいくつもあります。 ちなみにこのラックはBLC-102T。発売当時3万9000円でした。 とりあえず普段使う機器(なんとなく軽めのものにしました)を入れたのがこの図。 あとはぼちぼち片付けたり、機器を入れ替えたりしていくことになるかと。レコード棚に書類が入っているのもちょっと嫌ですね(笑) 落ち着いたらまた報告しますね。
今回の「新品一品」はaudio-technica AT-LP70XBTです。
本格的なオーディオ誌では取り上げないような廉価なレコードプレーヤーです。 ただインテリア誌やグッズ誌が取り上げるようなオシャレなプレーヤーではなく、老舗メーカーがちゃんとした音を手軽に楽しんでほしい、という思いで作ったのが良くわかります。 ただ、個人的にはレコードプレーヤーは国産DDを中古で楽しむ派。 もちろん中古のリスクを背負いつつではありますが、スケールメリットのお陰で安くとんでもない物量が投下された70~80年代の国産機が大好きなんです。 それでも保証書がついた新品プレーヤーも良いなと思う瞬間はあります。何十万円もプレーヤーに掛けるのは無理ですが、これくらいならバックアップ機にぴったりかな、と。
今回の「新品一品」はaudio-technica AT-LP70XBTです。
本格的なオーディオ誌では取り上げないような廉価なレコードプレーヤーです。 ただインテリア誌やグッズ誌が取り上げるようなオシャレなプレーヤーではなく、老舗メーカーがちゃんとした音を手軽に楽しんでほしい、という思いで作ったのが良くわかります。 ただ、個人的にはレコードプレーヤーは国産DDを中古で楽しむ派。 もちろん中古のリスクを背負いつつではありますが、スケールメリットのお陰で安くとんでもない物量が投下された70~80年代の国産機が大好きなんです。 それでも保証書がついた新品プレーヤーも良いなと思う瞬間はあります。何十万円もプレーヤーに掛けるのは無理ですが、これくらいならバックアップ機にぴったりかな、と。
良い針圧計を買ってみました…古いけど[Technics SH-50P1]
浜松に取材に行ったついでに現地のハードオフを物色。浜松は良いものがあるなあ、と思いつつ買ったのはコレ。Technics SH-50P1。立派な針圧計です。古いものなので不安でしたが、きっちり2.5gに合わせたあと、いつも使っている中華製のデジタル針圧計でチェックしたところ、ほぼ2.5gだったので良しとします。
良い針圧計を買ってみました…古いけど[Technics SH-50P1]
浜松に取材に行ったついでに現地のハードオフを物色。浜松は良いものがあるなあ、と思いつつ買ったのはコレ。Technics SH-50P1。立派な針圧計です。古いものなので不安でしたが、きっちり2.5gに合わせたあと、いつも使っている中華製のデジタル針圧計でチェックしたところ、ほぼ2.5gだったので良しとします。
ステレオ時代が企画に参加したDACがクラファン開始しました!
ステレオ時代でも企画に参加させていただいているConclusionの単体DAC、D-10VNのクラウドファンディングがスタートしました。D-10VNの「VN」はVintageの意味です。いまとなっては初期のデジタルオーディオは立派にビンテージだろう、ということでこう名づけさせていただきました。
ステレオ時代が企画に参加したDACがクラファン開始しました!
ステレオ時代でも企画に参加させていただいているConclusionの単体DAC、D-10VNのクラウドファンディングがスタートしました。D-10VNの「VN」はVintageの意味です。いまとなっては初期のデジタルオーディオは立派にビンテージだろう、ということでこう名づけさせていただきました。
スピーカーの理想形のひとつ、ソニーAPMの挑戦
70年代終盤に日本のオーディオメーカー各社が挑戦した平面振動板スピーカー。 しかしその多くが数年で撤退していきました。 理由はその難しさ。 平面振動板といえど、実際に駆動するのはボイスコイルと同じ構造の磁気駆動。 問題は平面のどこを駆動するか、でした。 駆動ポイントによっては複数の振動モードによる共振が発生し、歪の原因に。 ソニーの音響技術研究時では研究を重ね、その最適解を実用化したのです。 それがAPM--Accurate Pistonic Motion(=正確なピストン運動)と名付けられたスピーカーでした。 詳しくはステレオ時代neo Vol.6に掲載中。 ご購入はamazonで!
スピーカーの理想形のひとつ、ソニーAPMの挑戦
70年代終盤に日本のオーディオメーカー各社が挑戦した平面振動板スピーカー。 しかしその多くが数年で撤退していきました。 理由はその難しさ。 平面振動板といえど、実際に駆動するのはボイスコイルと同じ構造の磁気駆動。 問題は平面のどこを駆動するか、でした。 駆動ポイントによっては複数の振動モードによる共振が発生し、歪の原因に。 ソニーの音響技術研究時では研究を重ね、その最適解を実用化したのです。 それがAPM--Accurate Pistonic Motion(=正確なピストン運動)と名付けられたスピーカーでした。 詳しくはステレオ時代neo Vol.6に掲載中。 ご購入はamazonで!
全盛期のビクター・レコードプレーヤー開発~いま明かされる「菅野バー」の秘密
日本ビクター、後のJVCは蓄音機時代から続く超名門オーディオメーカーです。 もともとRCAの子会社で、日本法人が独立したもの。 しかしこのビクターのプレーヤー部門は、70年代に入るまで名機と呼べるモデルはありませんでした。 ところが70年代に入るとヒットモデルを連発するようになるのです。 その秘密が、ひとりの技術者が開発に加わったためでした。 今回は1973年からビクターのプレーヤー開発に腕を振るった菅野敏さんにお話を伺いました。 詳しくは「ステレオ時代neo Vol.6」をご覧ください。 ご予約・ご購入はこちら→amazon
全盛期のビクター・レコードプレーヤー開発~いま明かされる「菅野バー」の秘密
日本ビクター、後のJVCは蓄音機時代から続く超名門オーディオメーカーです。 もともとRCAの子会社で、日本法人が独立したもの。 しかしこのビクターのプレーヤー部門は、70年代に入るまで名機と呼べるモデルはありませんでした。 ところが70年代に入るとヒットモデルを連発するようになるのです。 その秘密が、ひとりの技術者が開発に加わったためでした。 今回は1973年からビクターのプレーヤー開発に腕を振るった菅野敏さんにお話を伺いました。 詳しくは「ステレオ時代neo Vol.6」をご覧ください。 ご予約・ご購入はこちら→amazon