■DAC基板交換式単体DAC、D-10VN
ステレオ時代でも企画に参加させていただいているConclusionの単体DAC、D-10VNのクラウドファンディングがスタートしました。
クラウドファンディングページはこちら
D-10VNの「VN」はVintageの意味です。いまとなっては初期のデジタルオーディオは立派にビンテージだろう、ということでこう名づけさせていただきました。
1982年に誕生したCDという規格は、一般の人が初めて手にしたデジタルオーディオでした(PCMプロセッサーのが早かったのですが、普通の人は手が出しづらいものでしたから)。このCDをきっかけにDACというデバイスの開発が加速します。当初オーディオに使える16ビットDACは、CDの規格策定とともに開発を始めていたソニー独自の積分DAC、工業用としても使われていたバー・ブラウンのラダー式くらいしかありませんでした。フィリップスは当初16ビットでは精度が出せず、14ビットのTDA1540を使っていたくらいでした。
そのフィリップスも80年代の後半になり16ビットDAC、TDA1541をデビューさせ、その改良版TDA1541Aは「KING OF VOICE」とも呼ばれるほど、今でも根強い人気を保っています。
そんな80年代の16ビットDACは、いずれも初めてデジタルオーディオに触れた私たち世代に強烈な記憶として残っているのではないでしょうか。
こうした傑作16ビットDACのあれこれを気軽に楽しめるDACがあったらいいのに…。そんな想いをカタチにしたのがD-10VNです。
■きっかけはPCMプロセッサーのDAC化
そもそものきっかけは、読者の方から「PCMプロセッサーをUSB DACとして使えるアダプターを自作したので聴いてみませんか」というメールをいただいたことでした。
その読者の方というのが田力基さんでした。田力さんは現在はメーカーの開発を請け負うフリーの技術者ですが、元々はオーディオの開発をやりたくてNEC(ホームエレクトロニクス)に入社したものの、当時オーディオよりもビデオが盛り上がっていた時代で、入社後はビデオのデジタル制御の開発をされていたそうです。もっともオーディオは入社前から趣味として続けられ、フリーとなった今では逆にオーディオメーカーの依頼でデジタル系回路の設計も請け負うことがあるとのこと。その田力さんが最近ソニーのPCMプロセッサー、PCM-F1を入手され、これを単体DACとして使えないか、と考案されたのが前述のアダプター(USB-PPアダプターと呼んでいます)でした。
↑田力さんが作ったUSB-PPアダプターです
↑PCからのオーディオ信号を映像信号にしてPCMプロセッサーに送ります
そっそく聴かせていただいたところ、「PCM-F1ってこんなに好い音だったかなあ」と思うほどキレイで迫力のある音にびっくり。また、このアダプターをお分けいただいて編集部にあるPCM-701ESやアイワのPCM-800で聴いたところ、いずれもとても個性的な音で、とくにアイワの元気な音は最近のCDプレーヤーやDACではない荒々しくエネルギッシュな音で、クセになる音でした。
(詳細はステレオ時代neo Vol.4をご覧ください。kindle unlimitedでも読めます)
しかしこのUSB-PPアダプターは、PCMプロセッサーを持っていないと楽しめません。いっそこの音が単体DACで楽しめたら……と思いました。そこで田力さんに、Conclusionのこと、A-10を作られた萩原由久さん(NECのOB同士で、田力さんは萩原さんをご存じでした)もConclusionの開発に参加されていることをお話して「昔のDACチップで単体DACを作ってみませんか」とお誘いしたのです。
■DACチップ交換式DACにしたい
じつは以前からConclusionの野辺浩史社長に、DACチップが交換できる単体DACは作れないのでしょうかと、雑談レベルでお話していたことがありました。
単体DACって高いのに同じ音しか楽しめないですよね? レコードプレーヤーがカートリッジを替えるだけでいろいろな音が楽しめるように、DACチップを交換していろいろな音が楽しめたら楽しくないですか? もちろんCDプレーヤーやDACの音を決めるのはDACチップだけではないことは理解していますが、それはレコードプレーヤーも同じですよね? でもカートリッジを替えると音が大きく変わります。それと同じだと思いました。
しかし野辺社長は「それが面白いのは分かるけど、作れる人がいないんですよ」。デジタル回路に習熟しつつ、アナログもしっかり理解できていないとDACは作れないそうなのです。「しかも澤村さんが好きなのは昔の16ビットDACでしょう?」と。とくに昔のDACはいまのDACとまったく違う回路が必要とのこと。新しいDACであれば野辺社長にもなんとかなるかもしれないのですが「昔のDACとなると手が出ません」。結局その時は、そこで話は終わってしまったのです。
しかし、今回は田力さんがいます。アナログにもデジタルにも強い設計者。そこで「ついでに、というわけではないのですが…」とDACチップ交換式単体DACのアイデアをお話しました。
↑DAC基板を挿し替えると他のDACチップを使えるのです。楽しくないですか?
「できるとは思います、音を出すだけなら。ただ肝心の音決めにはまったく自信がありませんよ」と田力さん。「そこは萩原さんや私たちがサポートしますので」と強引に口説きました。「そこまでおっしゃるなら、一度みなさんでミーティングしてみましょうか」。こうして後にD-10VNとなるDACプロジェクトがスタートしたのです。
↑右から萩原さん、田力さん、林さん(フルデジタルFMチューナーの開発者)、野辺社長(撮影:山田芳朗)